自由日記

基本病んだら吐き出すところ

閉じてる人開いてる人

ビラ配りやってみたら気付いたことあった。


まとまんないけど記録残し。


自分の中の前提が

自分は邪魔な存在だ

迷惑な存在だ  


道行く人みてたらいろんな人間がいることが分かった

個性的な格好してる人の割合って全体からみたら少ない

緑の髪の毛にーちゃん

猫柄シャツの女の子

パンキッシュな男の子

マイノリティのなかのマジョリティでいたい

個性ってなに 変わってるって何

その人がその人らしくあるだけでおもしろい人間なんだと思った


社会がそこにあった


目を見つめて配ったら存在を認識してくれる感じがした

不特定多数に配るポーズをするよりひとりに配りにいくと対応してくれる


なんとなく自分は社会に存在していい気がした

なんとなく自分が開くと他人も開くの意味が分かった

みんな同じだと思った

他人と自分がつながって、風景がキラキラして見えた


閉じてる人もいた


閉じることに抵抗してない人もいた


いらねーよってキレるおっさんがいた


舌打ちしてくる人がいた

そしたらキラキラした風景がまた閉じた


やっぱり邪魔な存在のわたしを確認した

みんなそんな風に思ってる気がしてきた


開いてる人の普通と閉じてる人の普通は違うんだなとおもった

普通って表現もややこしいけど。


集団で孤立するなら最初からひとりでいいと思ってた

それも最近読んだ本の回避ってことなんだろーな


ビラ配りはいいリハビリになるかもしれない


今日の音楽🎼

ゲスの極み乙女。

いけないダンスダンスダンス